久しぶりに帰ってきた兄ちゃんが
めずらしく 私にかまってくれ、
めずらしく 私の手をひいて、
一緒に外へでかけた。
「どこへ行くネ?」
私が聞いても
「ナイショ」
兄はそう答えるばっかり
私たちが歩く道は
段々細くなっていき
ただでさえ暗い私たちの住んでいるこの世界が
段々暗くなっていく
正直 怖かった
私のかすかな怖さからくる震えが握った手から伝わったのか、
「コワい?」
と兄ちゃんが首をかしげててんで平気そうに聞いてきた。
本当はちょっとだけ、ちょっとだけ怖かったけれど、
即座に私は首を横にぶんぶんとふって
「こっ怖くないネ!!ぜんっぜん怖くないネ!」
バレバレな嘘をついた。
本当のことを言ったら、せっかく繋いでくれた手も、
せっかく一緒に歩いてきた散歩も
兄ちゃんはあっさりとやめてしまう気がして。
それだけは 嫌だった
そんな私の態度と返事にきっとバレていたであろうに
兄ちゃんはそっけなく
「ふぅん」
と、私の震えと怯えをスルーした。
よかった。
まだ一緒にいるこの時間は終わらない。
けどやっぱり怖いものは怖いもんだから
離れないように 放れないように
私はさらにぎゅうっと兄ちゃんの手を握った。
兄ちゃんは 何も言わなかった。
細くて暗い道を抜けると
なにやら地下へと続いている地下階段の入り口を見つけた。
兄ちゃんは歩く速度を変えず、私の手をひいて
さらに暗い地下階段を下ってていく
ときどき響く滴の落ちる音にびくっとしながらも
私は手を離して代わりに兄ちゃんの足にしがみついて、
地下に降りて行った
兄ちゃんも明らかに歩きにくかったろうに
けれど振り払おうとせず、
手を繋いでいた手を私の頭において
降りて行った
どれだけの時間が過ぎたのかはわからない
たくさんたくさん歩いて
だんだん水の音が聞こえるところまで歩いていくと
水が流れる通路に出た
暗くてあまり見えない
けれどその場所は今まで歩いてきた地下より少し明るいようで
なにより不思議に思ったのは、
この星の水路ならあるはずの
濁った水の匂いがしなかった
兄ちゃんは知っている場所らしく周りを見渡さずに
傘を近くの鉄格子にかけている
なんでここで傘を?
光がないから?
ここが兄ちゃんの来たかった所なの?
暗さからくる恐れに慣れた私は
さまざまな疑問が頭から出てきながら、
兄ちゃんが来たいと思ったであろうこの場所をきょろきょろと
見渡した
小さな ほんの小さな光が
奥のほうに見えた
「ホラ いくよ」
兄ちゃんはその小さな光の方へ歩いていく
私も小走りで兄ちゃんの後をついていく
兄ちゃんの手を握ることを忘れずに
光の方に進むにつれだんだんと明るくなって、
流れる水の色もぼんやりみえてくる
どぶ水ではない澄んだ色
水にうかぶゴミとおもっていたものも
次第に植物だとわかってくる
未知の世界の予感にほんのわずかな恐怖と大きな期待を抱いて
今すぐ走り出していきたかったけれど
兄ちゃんの足取りにあわせて、ゆっくりそれでも確実に
進んでいった

同じ星とは思えない 世界がそこにはあった
地下のはずなのに光が射して、綺麗な色鮮やかの葉が茂って
水が透き通るように綺麗で、
水門の格子の先に行けば
いつか絵本で見たキレイな世界がありそうで
「見たい?」
そんな私の心を見透かすように兄ちゃんが尋ねた。
(初めての優しい光の世界)
(何度も何度も夢見たおとぎばなしのような世界)
「見たいネ!!」
たとえ光に弱いからだであっても、
私の心はとっくに決まっていた
-そうと決まれば-
たまたま近くにあった階段を見つけ、そこから水門の近くにいこうとする
と、
ヒョイと持ち上げられてしまって
ダメアルか?!とショックをうけると、
自分を抱えたまま兄ちゃんが階段を下り、水門に近づいていく
思ったより水は深いらしく、兄ちゃんの足のほとんどが水につかっていく
「兄ちゃん濡れてるネ!かわかすの大変ヨ!」
私があせってもちっともへっちゃらそうに
「神楽だけだとほとんど水に浸かって風邪ひいちゃうヨ?」
といって私のでかかった言葉を中断させるように抱えなおして進んでいく
そして 水門の正面まで来た

どんなに欲しくても
届かない世界が そこにはあった
「 キ レ イ ? 」
兄ちゃんが尋ねた
それに私がありったけのうれしさをこめて答える
「うん スゴく、 スゴく、 綺麗ヨ」
「ありがとうアル」
小さな声でつけくわえて
恥ずかしくて兄ちゃんの方に顔をうずめて、兄ちゃんの顔は見えな
かったけれど、
「そう」
と返事をした声はやさしくて、
ほほえんでるのかなって思うくらい
雰囲気がやわらかであたたかいものだった
兄ちゃんが言うにはどうやらここは地下に棲むこの星の数少ない「お
かねも
ち」が作った
自然を再現した「庭」みたいなものだと言っていた
光は人工太陽で実際の太陽の光を地下に転移させてるとか何とか
以前兄ちゃんの「ししょう」と一緒にこの「おかねもち」の家にいっ
て、
ぶらぶらしてたら見つけたって教えてくれた
「教えてくれてホントありがとうアル!」
さっきは恥ずかしかったけれどこんどこそはっきりとお礼をいって
感謝をいっぱいにこめたハグをした
兄ちゃんは手で私の頭をなでて呟く
「ホントはね」
「ホントは、もう、綺麗と思えなくなるから、神楽といっしょにここ
に来たんだ」
幸せでいっぱいだった気持ちが一気に現実にもどされたようだった
焦りが 疑問が いっきに押し寄せてくる
「こんなに綺麗なのに?」
と聞いても
「うん 綺麗なのにね」
残念ではあるけれど仕方ないんだ と言葉がつづく
「もうすぐ別のキレイなものを見つけて、見つけたらこの綺麗な所に
は来ちゃだめなんだ
だから最後に神楽と一緒に見て、神楽にこの綺麗な場所を知ってほし
かったんだよネ」
兄ちゃんが言ってることが少しわからなかったけれど、
もうこうして兄ちゃんと一緒に来れない
そう言われてるんだとわかって 泣きそうになった
せっかく兄ちゃんと来た場所なのに
一緒に来れなくなるなんて
「もう別のキレイなもの見つけたの?」
寂しさを隠さず聞くと
「見てない けどもうわかってるんだ」
と兄ちゃんはこたえる
「私も見つけられるアルか?」
また一緒にこんどはそのキレイなものを見れるなら
願いながらすがるように私は兄ちゃんを見つめる
兄ちゃんは私を見てから目を伏せて
再び光の向こうに顔を向け
まぶたをひらいた

「神楽には このキレイなところが 似合ってる
よ」
次の日 兄ちゃんはパピーを殺そうとして
けれど逆に殺されかけて
町を出て行った
あの景色と 青の中の赤を
私の心に刻みつけて

-最初で最後のRPG-
(あなたがつれていってくれた最初で最後の冒険の果てで得たあの光
景は)
(いまでもあなたの心にのこっているのでしょうか)
完全に夜兎の血に目覚める前にきれいと思ったものを神楽と見たかったお兄ちゃん